2015年01月17日

時は・・・。

今年、阪神大震災から20年の節目を迎えました。
日常生活を振り返って思うことは、あの時に学んだ大切な事を忘れている、もしくは何も学んでいない無関心な人が大多数を占めてるという事です。
先日、同僚が体調不良になり会社を早退、翌日は欠勤しました。
しかし当人の話によると責任者は一日以上休む事に不快感を表す態度だったそうです。
その責任者には僕もある事がきっかけで今は不信感を持ち、それも原因で急性胃腸炎になり、同僚の話を聞き更に不信感が増しました。
なんで普通に優しくできひんねやろ、もっと人を大切にできんねやろ・・・。
それは責任者にだけでなく今や以前勤務していた会社にも感じています。
いろんな事件やニュースを見てもそう思います。
しかし、悲しい事に今の仕事では僕も利用者の方にちゃんと親切にできているかといえばできていません。
今の仕事の組まれ方ではどうしょうもできません。
一方で、数少ない若者が震災の語り部を増やそうと努力をしている姿をTVで見て、ほんまやったらもっとそういう人が増えていく現実がないとあかんのに、自分も少数で頑張ってる人達に加われるような人間にならんとあかんのにとつくづく思いました。
阪神大震災からは20年も経ちましたが東日本大震災からはまだ3年しか経っていません。
忘れるにはあまりに早過ぎます。
日本もまだ捨てたもんじゃないと思う一方で、ほんまにダメになったと感じる事のほうが多いのは残念な事です。
時は自然に苦しみや悲しみを癒し解決してくれます。
時は厳しい現実を目の前につきつけてきます。
復興したかどうか、それは個々の人達がどう感じるかしかないような気がします。
立ち直って幸せな生活が送れるようになった人もいれば道半ば、志半ばで、そして苦しんだまま生涯を終えられた方もおられます。
ただ立場は違えど、風化させてはいけないと思う気持ちだけは同じだったと思います。
しかし現実は風化の方向へ加速しつつあります。
それではいけない、そうわかっていても何もできない自分、何もできていない自分に歯がゆさを感じます。
早く現状から脱却してもっとちゃんとした人間になりたい、なにかできる人間になりたい、もしそうなれた時に自分にできる事はなんやろう、阪神大震災から二十年の節目に僕はそんな事を感じました。

今日は美容院に行ったりしていい気分転換になりましたぴかぴか(新しい)
しんどい事のほうが多いけど、目標に向かって自分のできる事を頑張ろうと思いますー(長音記号2)



posted by びぶさん at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | プロフィール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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